宗教に人生を捧げた母親の老後の末路…

宗教に若いころから没頭し、人生のほとんどを捧げてきた私の母の現在…

それは、最小の年金で生活しながらホームレスの方々がよくやってる缶拾いをしながら日々生活しています。

缶拾いをする理由は下記の事を心から強く信じているからです。

少ない年金の中からでも自分が没頭してる宗教に献金を増やしたい。

献金を増やせば幸せになれる。

ただ、その缶拾いのせいで実家なこんな風になってます…

玄関

自宅の中に非常に入りにくいです。

筆者の部屋の前

自分の部屋の前にこれが置いてあるのはかなり気分が落ちました…

トイレの前

トイレに行く気すら失せます。

お風呂場

ここが一番ひどかったです。

※)母親は光熱費の節約の為にガスを完全にしめてしまってますので家のお風呂は利用してません。

時々、どこかの銭湯へ行ってるようです。

この現状を目の当たりにして筆者が感じたこと

母が宗教に対して、強い執着心と依存心があるのは今に始まったことではありません。

しかし、ほんのわずかなお金の為に缶拾いをして、宗教に献金をする時点でエスカレートしすぎです。

母は毎日のように一生懸命人にきこえる位の声でお祈りをしています。

人がいるバスの中だろうと、群衆の中だろうとお構いなしにブツブツ唱えています。

献金も今まで若いころから宗教に散々してきました。

しかし、客観的な意見にはなりますが、

豊かにはなっていません。

お金という意味だけでなく、心や人生が豊かになっていないのです。

挙げ句の果てには、お祈りしながら

「神様、なぜ私がこんなに不幸にならないといけないのですか?」

この言葉を発してる時点で本人も豊かになってないのをわかってるはずです。

僕には実家はあります。

缶やゴミによって自宅には悪臭が漂い、足の踏み場も少ないです。

その実家に僕の居場所はありません。

家賃というコストがかかっても精神衛生的に現在の一人暮らしの家の方が心地が良いです。

母を反面教師としてずっと見ていて感じたこと、

それは…

他人の人生を全力生きるのではなく、自分の人生を全力で生きようと強く感じました。

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ABOUTこの記事をかいた人

1987年生まれ。病み系、出会い系が得意なクリエイティブライター&社会不適合者。
フリーター歴10年、サラリーマン1年半といったところ。
幼少期に母親から虐待を受けたり、アメリカ留学したり、出会い系の会社に勤めたりと色々とまとまりのない経験多数。
パニック障害や自律神経失調症といった心の病と現在も共存中。
スイーツと映画をこよなく愛している。
もう自分自身を殺して生きる事に疲れ果て、ありのままの自分を表現する為に、当ブログ「Tough Life(タフライフ)」を運営中。
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