体育会系を経験した筆者が脱体育会系を決意!体育会系独特の縦社会が嫌いな4つの理由

筆者は実は武道を習っていて体育会系のものすごい縦社会を経験しました。縦社会を経験して思った事は、

ティー
あ、俺縦社会とか理不尽に扱われるのは嫌だから向いてないし耐えれないや…

というものです。我ながら数年間、あの環境に耐えれたな…と思います。

ですので、近年よく耳にする上からの圧力とかで鬱になったり、退職、休職をするという気持ちも自分なりにわかるわけです。

そういう人達の背中に向かって、若者が弱くなったとか俺たちの時代には~という言葉を現実社会でもSNSでも目にしますが、そもそも現代社会にそういうスタイルは求められてないなと筆者は感じています。

したがって、筆者自身は脱体育会系思考だと声を大きくして言えます。筆者が体育会系が嫌いな理由はこの4つです。

  1. 怒鳴られたり怒られる事へのストレス。
  2. 自分が悪くなくても理不尽な事を受け入れないといけないストレス。
  3. 上の言う事は絶対という風習が人を思考停止にする。
  4. 頭ごなしにキレたり怒るという行為は工夫を凝らしたコミニケーションしていないという怠慢に見えてしまう。

怒鳴られたり怒られる事へのストレス。

筆者のように心の疾患を持ってると怒鳴られたりするとものすごいストレスを感じますし、

恐怖心によって落ち込む事に集中してしまって改善しようとする心の余裕がなくなります。

特に元々内向的な性格だったり気が弱い人に対して、怒られたくらいでとか言うのはかなり無理がある話だと思います。

筆者自身も人生で色んな修羅場を経験したり、他の人の修羅場も見てきましたが、圧力や怒号で人間関係や問題が根本から改善されたケースをほとんど見た事がありません。

悪化するケースはたくさん見てきましたけどね。

自分が悪くなくても理不尽な事を受け入れないといけないストレス。

自分が本当に悪くない事でも怒られたり、文句を言われて100%心から受け入れられる人っているのかな?と筆者はいつも疑問に思います。

筆者の場合はそれができないからです。

なんで自分が悪くない事で怒られなくてはいけないのかという不安とイライラだけが募り、

その結果、相手の人間性についてものすごい不信感が出てきますし、いい事なんて何一つありません。

不信感が出てくると今度は相手の言い分が自分に入ってきませんので、

本当に自分が悪い事ですらまた相手が理不尽に怒ってるだけだくらいに思ってしまう錯覚にすら陥ります。

心の病を持ってる筆者にとってはれも体調不良を誘発しますしね…

上の言う事は絶対という風習が人を思考停止にする。

縦社会や体育会系にいるとこの上の言う事は絶対という風習を実際に体感しました。

これは非常によくない事ですね。なぜなら、実際に社会に出ると、なぜそうなるんだろうと思うことや、

どうすればできるようになるとか改善されるかどうかを考える瞬間が頻繁にあります。

そういう普段からの意識の違いで他と大きな差がついたりするのですが、

上の言う事は絶対というものを信仰して何も考えずにただただ黙々と言われた事だけを忠実にするのでは、

物事を深く考える、観察する習慣がつかない=自分の成長の妨げになる。と筆者は信じています。

言われた事をやるにしても、なぜだろう?って自問自答するとか、あるいは理由を質問してみるくらいの勢いは欲しいところですが、体育会系だとそれがしにくいですよね…

正直、上の人が言う事が全て正しいなんていう保証はどこにもありません。上の言う事を全て鵜呑みにして、

知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がされたり(実際にそういうケースを友人で知っています)、普段から物事を考える習慣がつかないという弊害が出てきます。

これからの時代、仕事がIT化されて人間の仕事が減っていくと、YESマン精神でやってきた人達ができる事は必ず限られてきます。

いつまでも上の言う事が絶対的なYESマンでいるのではなくて、自分で自分なりの考え方で答えを導き出し、生きていく術を身につけた方が圧倒的に有意義な人生を送れます。

この上の言う事は絶対信仰を根付かせようとしている人はもはや時代遅れの老害でしかないですね…

押忍!イエス!はい!だけで生きていける時代はもう終わりを告げようとしています。

頭ごなしにキレたり怒るという行為は工夫を凝らしたコミニケーションしていないという怠慢に見えてしまう。

まず大前提に叱ると怒るキレるは全く別物という事です。

叱るで納得できる部下や後輩がいる人はそもそも信頼関係が築けているのとなぜ叱っているのかの理由がきちんと浸透しているからです。

一方で、怒るキレるというのをやる人は、自分がただ怒りたい言いたいから怒る、あるいは自分がスッキリする為にキレると自分本位の理由な事がほとんどです。

残念な事に、筆者が経験した縦社会はこの後者の怒るキレるの要素が圧倒的に多かったです。

道場や職場でも、この自分本位のキレるを経験した方々は世の中結構多いのではないでしょうか?

筆者はこれまでたくさんの管理者の方々などを見てきましたが、相手が心から納得できるような叱り方ができる人は決まって、普段から相手とのコミニケーションを試行錯誤しながら信頼関係を築き、その上で自分の発言が相手に伝わるようにしていました。

ただ怒るキレるだけという行為は自分がただ発散したいだけのマスターベーションと同じ行為だと自覚して欲しいものですね。

試行錯誤をしていない怠慢以外の何者でもありません。ある意味コミュ障とはこういう人たちの事を言うのでしょう。

まとめ

以上、体育会系を経験した筆者が脱体育会系思考になるほど、縦社会を嫌いになった理由は、

  1. 怒鳴られたり怒られる事へのストレス。
  2. 自分が悪くなくても理不尽な事を受け入れないといけないストレス。
  3. 上の言う事は絶対という風習が人を思考停止にする。
  4. 頭ごなしにキレたり怒るという行為は工夫を凝らしたコミニケーションしていないという怠慢に見えてしまう。

もうこの4つに尽きます。

縦社会の経験が役に立ったとか鍛えられたというお話をたまに耳にしますが、

経験が役に立ったという意味では、上記の4つの理由により筆者には合わない、向いてないという事がわかった事ですね。

今一度声を大きくして言いたい事、それは…

上の人の言う事が絶対というのは絶対ではない。

それでは今日はこの辺で。またお会いしましょう。

あわせて読みたい↓

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

1987年生まれ。病み系、出会い系が得意なクリエイティブライター&社会不適合者。
フリーター歴10年、サラリーマン1年半といったところ。
幼少期に母親から虐待を受けたり、アメリカ留学したり、出会い系の会社に勤めたりと色々とまとまりのない経験多数。
パニック障害や自律神経失調症といった心の病と現在も共存中。
スイーツと映画をこよなく愛している。
もう自分自身を殺して生きる事に疲れ果て、ありのままの自分を表現する為に、当ブログ「Tough Life(タフライフ)」を運営中。
→ 詳しいプロフィールはこちら。